No.2 ヒッチハイクがしたくて旅に出た

岡田勝太 / Menu

 


 
―ヒッチハイク日本一周の旅キッカケを教えていただけますか?


 うーん、僕の場合はとりあえずヒッチハイクがしたかったんだよね。入り口がヒッチハイクというか。もともと人と話すのが好きで「交流会」とかいうのにもよく参加してたんだけど、そういうのって出会う人の幅が限られるんだよね。その点、ヒッチハイクだといろーんな人に会えるし、単純に楽しそうじゃん!(笑)で、どうせヒッチハイクするなら日本一周しちゃえってなったんだー。出発の3ヶ月前から自分で言いふらすようにして、いかざるをえない状況を作り出したんだ(笑)

 

 

―初めての旅に初めてのヒッチハイク、苦労はしませんでしたか?

 まあ最初は大変だったね!初めてだから恥ずかしさもあったし、出発まで3時間もかかった(笑)スケッチブックに行き先書くスタイルでやってたんだけど、スタートに大学のある飯田橋から「名古屋まで」って書いて立ってたら全然捕まえられなくて、30分くらいしたら通りすがりのおっちゃんに「名古屋は反対側だろ!」なんて怒鳴られたなんてことも(笑)
  予算は8万ちょいにしてて宿泊はマック、ネットカフェ、野宿、人の家とか。ほとんどマックだけど横になって寝ようとすると起こされるから、3日に1回くらいは横になりたくてネットカフェに泊まってたな。ヒッチハイクだと疲れるとまでは言わなくとも、やっぱりエネルギーは使うんだよね。ある日はしんどくて九州のコインランドリーで寝て、朝起きたら500円玉と手紙が傍に置いてあったんだ。「これで缶コーヒーでもお買いください」って、たぶん清掃の人が僕を起こさないように、こっそり置いていってくれたんじゃないかなー。

 

 

 

 

 

 

―ヒッチハイクの旅の魅力はなんですか?

 それはやっぱり、いろんな人と出会えること!ヒッチハイクで乗せてくれる車ってイメージだとトラックを運転するイカつい兄ちゃんだったりするけど、実際はトラックは3割くらいだったかな。免許取立てのタメの子から戦争経験者の81歳のおじいさんまで、家族連れも含めて本当にいろいろな人に乗せてもらったんだ。
 料理教室のおばちゃんからバレンタインチョコをもらったり(だけど車内に忘れてきた…)、四国のさぬきうどんの店に着いたら30分お手伝いさせてもらったり。ある人は別れ際に「兄ちゃんこれでうまいもんでも食いな」って5000円札を渡そうとして、申し訳なくて断ろったら「まあそう言うだろうと思ったよ」なんて言ってお札を窓からポイッて投げて去っていったんだ。
 本当にみんないい人ばかりで、もう感謝しかないよ。ヤクザの車にも乗せてもらったけど、「母ちゃんを大切にしろよ」なんて言ってくれたりしてすごい親切だった。ただ、、、ゲイには気をつけないとだな(笑)大阪でヒッチハイクしたら5分でゲイの話になってさ。「危なくないの?」「ないよ」「ゲイとかいない?」「あー考えてもなかった」ってやりとしてたらさ、突然「気をつけなよ!オレみないにな!」って太ももをガシッとつかんできて!完全にその人のブラックジョークだったんだけど、あの時は本当に怖かったよ(笑)

 

 

―日本一周して気づかれたことはありますか?

 

 特に僕なんて関東から出たことがない人間だったから、日本っていう総体を見通して地域差や気質の違いを言い表せるようになった手応えが大きいかな。簡単にいっちゃうと、都会はせわしなくて、北はシャイだけど西の人は温かい。西って言っても関西はゴリゴリくるけど、四国は本当に親切で包み込んでくれるようで、九州はのんびりって感じ。あと僕は都市政策を専攻してるんだけど、日本は完全に都市社会というか大きい都市と都市をつないで成り立っているんだって実感したな。
  よく「日本なんて…」「日本人なんて…」て聞くけどさ、日本の魅力ってやっぱり人なんじゃないかな。伝統文化だ伝統芸能だって言ったってさ、それを作って維持してるのもやっぱり人なんだよね。それって凄いことだと思うんだ。人の層が厚いというか、東北の震災でもそれが表れたんじゃないかな。確かに外国人の方がコミュニケーション能力が高いかもしれないけどさ、それは日本人が冷たいんじゃなくて言葉を選ぶというか、考慮した結果なんだと思うよ。

 

 

 

 

 

 

―日本一周がキッカケとなって東南アジアの旅もされたですか?

 

 いや、そういうわけでもないかな…。日本一周の時も「旅するぞ!」みたいなノリじゃなかったし。ただ夏休みに予定していたゼミの研修旅行に事情があって参加できなくなってさ、ぽっかり時間が空いたなーて思ってたら急に行きたくなっちゃって、バンコク往復7万の航空券とっちゃったのが出発1週間前(笑)親が心配性だから前日までだまっていて、皿洗いしているときにサラッと「そういえば明日から東南アジア行ってくるわ」みたいな。止められはしたけどさ、出発前日じゃどうしようもないもんね(笑)

 そんな感じで、初海外なのに不安は全くなかったんだけど、空港着いたとたんにすんげー不安になったんだ。一応『地球の歩き方』は持って行ったんだけど読んだのは1日目の夜、だから入国審査がいきなりの難関だったな(笑)

 

 

 

 

 

 

―東南アジアはいかがでしたか?

 

 タイ・カンボジア・ラオスの3ヶ国で3週間くらいだったかな。タイはあんまり印象に残らないというか、発展していて都会だったからね。だけど初めての海外で、空港からのタクシーでボられたり、外国人に囲まれたドミトリーの安宿に泊まったり、そういった経験は新鮮だった。カンボジアのアンコール・ワットはやっぱり凄かったー。僕は建築物にはそんなにそそられないタイプなんだけど、それなのに彫刻が立派でそそられたな。クメール文化としての価値と、ポル・ポト政権の歴史っていう負の価値の両方が感じられた。建築的文化が凄いのがカンボジアなら、ラオスは自然が壮大だった。人も素朴というか、日本でいう東北人みたいなイメージかな。

 

 

―中でも特に印象的だったことはありますか?

 

 やっぱりカンボジアかなー。貧困国とされる国だし、混沌としているというか人間臭いというか。初めて物乞いと対峙した時にはどうしていいか分からなくて目をそらしちゃったんだ。そんな自分に対してもまたショックで、それ以後はちゃんと話すようにしたんだ。お金をあげるのは腑に落ちないというか話すことが大切なんじゃないかな。
 ひとり印象的な子がいるんだけど、僕と同い年の彼は孤児院にいながらも教師になるために必死に英語を勉強してるんだ。教師になりたい、国のために役に立ちたいって。だけど現地の人の話だと、教師の給料はトゥクトゥク以下で最下層なんだって。教師になりたい子がいても、給料が少なくて観光業に流れちゃうから教育が発達しない。ポル・ポト政権下で知識人層がほとんど迫害されちゃったから、教師の受け皿となる環境がないんだよね。ああやって同年代の子が夢に向かって努力してるのに現実はすっごい厳しくてさ、どうにかならないのかなーって外部目線でしかないけども寂しさを感じたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

―最後に「旅」とは何ですか?

  僕の場合は人と出会うために旅をするというか「人と出会うためのツール」が旅って感じかな!それがキッカケで旅をしてるだけだし、とにかく人間って面白い!

 それと、実体験を通して自分の言葉で語れるようになったのはデカいんじゃないかな。「日本って何?」「貧困って何?」だったのが、今だと自分で直接見たもの聞いたものを回想しながら語ることができる。それまでイメージでしかなかったものが実体のあるリアルに変わる、それをこれからは活かしていきたいな。